私は天才が大好きです。
私にとっての天才の定義とは、「新しい基準を作る人」。
予測不可能な動きをするので関わっていると大変なことも多いのですが、いい感じに振り回されて楽しいです。
さて、人生は習慣で作られると言いますが、天才たちってどんな習慣を持っていると思いますか?
気になりますよね。
私の愛読書の中に、天才たちが毎日何をしていたのか、ただただルーティンを集めて記載してある「天才たちの日課」という本があります。
物語などはなく、起きる時間や仕事をする時間、クセ、こだわり、食事、交友関係などがシンプルに残されています。
天才と変人は紙一重と言いますが、全ての日課が特徴的な「THE 変人」というわけではなく、意外と普通だったり、これなら真似できそう、と思えるものも多いです。
このコーナーでは、この本を部分部分で引用しながら、私が愛してやまない天才たちの日課についてご紹介していきます。
皆様の新しい習慣、ひらめきやアイデアに繋がりますと嬉しいです。
それでは始めますね。
デカルトは400年くらい前に活躍していた、フランスの哲学者です。哲学だけでなく、数学や科学についても実績を残していて、近代の数学の基礎を作り、西洋哲学に大きな影響を与えた人でした。
「我思う、故に我あり」という哲学の有名な言葉を聞いたことがありますでしょうか?
これは一言で言うと、「自分の存在以外、何も信じられない」という意味です。
「自分の存在以外、何も信じられない。」
これはちょっとメンタルを崩した時に思う投げやりな気持ちのことではなくて、冷静に考えてもそうなのです。
デカルトは、確実な知識を得るために全ての物事を疑ってみるという、「方法的懐疑」を提唱しました。
例えば目の前に人がいて、「好きな色は?」と尋ねると、「赤」と返事がきたとします。
通常だとそれはそのまま信じられることなのですが、では、それはなぜ信じられるのでしょうか?
・目の前にいる人が、本当にいるとどうやって証明しますか?
→目で見えているものが、どこまで信用できるでしょう。
・「赤」と答えた言葉が、真実だとどうやって証明しますか?
→本当は青が好きだけど、嘘をついている可能性もあります。でもそれは相手にしかわかりません。
・「赤」とは、自分が思っている赤で合っているのでしょうか?
→自分が見ている赤が、他の人にとっても赤だとは限りません。他人の目を借りて赤を見たことがないので、確かめようがないのです。
と言うように、世の中の「本当」を見出そうとした時に大体のことは設定がガバガバなんですよね。
「なんとなくこう」が、当たり前として成り立っている。
だから、デカルトは「これ、本物かどうかわからなくない?」となったわけです。
ならば、周りを疑っている自分の存在だけが、本物だ。と。
研究員の皆様も、同じようなことはないでしょうか?
「自分が見ている世界は、人にも同じように見えているのだろうか?」
でも、どう答え合わせをしても、結局はわからないんですよね。
だからこそ、「我思う、故に我あり」。
自分の存在以外の真実は確かめられません。だから私たちは、自分自身がどんな心を通して世界を見るか、ただそれだけで生きています。
信じたいものを、信じる。ただそれだけなのです。
人がなんとなく許容していた「本当とは何か?」を徹底追求したデカルト。
何100年経っても名前が残る、そんな衝撃を世界に与えた「天才」なんですね。
ということで、そんなデカルトのモーニングルーティンです。
デカルトの朝
午前10時頃…起床
ただ、11時くらいまでベッドの中でダラダラしたり、考え事をしたり、書いたりする。
11時を過ぎると起き上がってゆったりする。
「ここでは毎晩10時間、なんの憂いもなく眠っている」
デカルトはオランダからの送った手紙にそう書いています。
デカルトはよく寝る人だったんですね。
「私の心は眠りのなかで森や庭園や魔法の城をさまよい、想像しうるかぎりのあらゆる快楽を経験する。そして目が覚めると、その夜の夢と白昼夢を混ぜ合わせるのだ。」
午前のベッドのなかでの黙想が、デカルトの1日のなかで唯一、集中して行われる知的活動だった。
これ、恐縮ながら、ものすごく共感なんですよね…。
私は文章を書くのが日々の大半なのですが、アイデアが思いつかない時は寝ます。
夢の中に、アイデアをもらいにいくんですよね。
夢っていいです。
なぜかというと、常識から簡単に外れるから。
私の夢は、人も風景も行動も、かなりファンタジーでユニークです。
なので、自分の中の枠がまた外れているのが実感できます。
ということで、夢創作、おすすめ。
デカルトの話に戻りますが、彼のポリシーは「働きすぎない」でした。
「優れた知的活動をするには、怠惰な時間が必要」だとデカルトは考えていました。絶対に働きすぎない。それがデカルトの信念。
デカルトの昼
おそらく11時頃…早めの昼食
その後はお散歩に出かける
友人と会って雑談
デカルトの夜
夕食後、手紙の返事を書く。以上!
いつ働いている…?
偉大な哲学者であり、数学者、科学者だったデカルトは、どこかで働いていたのだと思います。その短時間の集中が、ものすごいパフォーマンスだったのかもしれません。
しかし、この夢と白昼夢が混ざった生活も、ある日終わりを迎えます。
スウェーデン女王クリスティナの宮廷に呼ばれて、朝5時から授業をするように、と命じられたのです。
クリスティナは、22歳と若かったですが、すでにその当時、ヨーロッパ随一の君主でした。
デカルトはそのお願いに応じるのですが、スウェーデンのあまりの寒さと、朝5時という早さによるものか、宮廷に通い始めて1ヶ月で病気になってしまい、この世を去るのです。
それまでは毎日10時間睡眠、午前11時までゆったりと過ごす生活をしていたので…。
デカルトの例をみると、日課というのは、その人にとっての人生そのものであり、安心であり、心身の健康なのだなと思います。
デカルトについてはあまり飛び抜けて変わった日課は書かれていませんでしたが(もっと癖つよな方はたくさんいらっしゃいます)それがどれだけ周りに理解されなくても、本人にとっては大切なルーティンなのです。
このように、「天才」と呼ばれた人も、自分のルーティンを崩されてしまうと一気に弱ってしまう。
だから天才を愛する私としては、才能を持つ人はどこまでも自由でいてほしいと思っているのです。
どんな持論だっていいのです。人に理解されなくても、自分が面白い!と感じられる生き方を、見つけていきたいですね。
わがまま、勝手、融通が効かない、気難しい、変わってる、よくわからない。それでもいいじゃないですか。新しい基準を作ってしまうのは、そんな人です。
皆様の最高は、どこにありますか?
皆様の中の天才性を、どうか伸ばしていってくださいね。